2001.12

『現代トイレ事情:柏編』

by=上野さくら


 少し前の話になるが、11月23日の朝日新聞千葉版に「トイレマナー訴え」と題 した記事が掲載されたのをご存じだろうか。東武野田線柏駅のトイレについて、心な い利用者の行為とそれを清掃する担当員の思いに触れた内容で、今でも柏駅を通るた びにその記事を思い出す。

 当倶楽部のコラムライター庭野さんも書いていたが、確かに公共のトイレとは、摩 訶不思議な空間である。本来、どんなトイレであろうとも究極の目的はひとつのは ず。ところが実際は、設置されている場所によって実にさまざまな使い方が展開され ている。

 私が近頃気になっているのは、柏駅周辺のとあるファッションビル内の女子用トイ レ。仕事の関係でよくお世話になっているその場所で、女子高生の信じられない行為 をしばしば目のあたりににする。

 たとえば・・・。ある時は、用を済ませた女の子が洗面所で手を洗ったかと思いき や、何気に振り返り、通路に向かって手を振って水気を払う(=通路は水滴だらけ !)。あるいは、トイレットペーパーを思いっきりたぐり寄せ、濡れた手を拭いた後 その場に投げ捨てる。またある時は、洗面台に靴を履いたまま足を乗せ、その太くて たくましいふくらはぎに悠々と靴下止めのスティックを塗っていた(=洗面台の縁に は靴のあとがついてしまった!)。

髪をとかし、ブラシに残った髪の毛を床に捨てる。お化粧直しに使ったティッ シュをグシャグシャのまま、洗面台に放置する。ガムや菓子袋、バックの中から取り 出したごみ類をその場に投げ捨てていく等々、あ然とするような光景が繰り広げら れ、そばにいる私の方がドキドキ。時には怒りがこみ上げ、叱りつけたい衝動に駆ら れることも・・・。

そんな折り、清掃員のおばちゃんとバッタリ、当のトイレで出会った。ピンクのゴ ム手袋に白い運動靴。大きなビニール袋を小脇に抱え、せっせと清掃作業に励んでい る。その日も当然のことながら、洗面台はビショビショ。個室には様々な大小ごみが 散乱していた。

「いつもお掃除してくださっているんですね。何だか、すみませんね。」そう声をか ける私に、「いいのよ別に、これが私の仕事なんだから・・・」と、Aさん。「こん なの、きれいなうち。いつもはもっとすごいからね。毎日こんな調子だもの、怒って たら仕事になんないよ」その手を休めることなく、淡々と話す。

 彼女がここで清掃員として働くようになったのは、7、8年ほど前のこと。当時は まだ、全室和式のトイレで、その頃の方がはるかに汚れはひどかったのだという。個 室内での置き土産もさまざま。包装紙の類から、食べ残しのファーストフード、脱ぎ 捨てたストッキング、下着やTシャツ、季節によってはジャケットやスカートなども あるという。いずれも、新品同様。「私らみたいに物を大切に、なんて感覚はないん でしょうね。新しい服を買ったら、すぐ着て行きたいんじゃない? 着替えちゃった ら持って帰るの、かったるいんでしょ」。そう話すAさんの左手のビニール袋は、い つの間にか大きく膨らんでいた。

「ふ〜ん、そうか。汚れたトイレを清掃するのが仕事、か・・・」。 例のトイレを後にして、先ほどのAさんの言葉を繰り返してみる。汚れるトイレがあ るから清掃員の仕事が成り立つ。当たり前といえばそれまでだが、それでもやっぱり 納得できない。みんなが利用する公共のトイレ、自分一人が思いのままに使っていい はずがない。

 たかがトイレ、されどトイレ。もし、各所に公共のトイレがなかったら、どんなに 困ることだろう。特に、駅のトイレなどは「やったぁ!見つけた!ここにあってよ かった。お世話になります。」そう手を合わせ、感謝するほどの経験をした方も多い ことだろう。

 トイレは単にそこにあるだけの空間ではなく、私たちがごく普通の生活を過ごすた めに欠くべからず施設。自分がそうであるように、次に利用する人が少しでも気持ち よく使えるように、掃除をする人の手を必要以上にわずらわせないように、そんな ちょっとした思いやりの気持ちがあれば、もっと快適な空間を保つことができるのに なぁ。

 帰り道、記事になった東武線柏駅のトイレに立ち寄ってみた。ここでは、落書きや 器物損壊はもとより、使用前のトイレットペーパーがゴミ箱や水洗タンクの中に捨て られていたり、便器以外の場所に排泄物が放置されたりと、マナーを越えた悪質な行 為が繰り返されているという。トイレに捨てるのは「物」だけかと思っていたが、世 の中に対する不満や怒り、やりきれない「思い」を投げ捨てていく人もいるのだと、 改めて知らされる思いがした。

 駅トイレの壁面には、そんな心ない利用者に呼びかけた一枚の「お願い」が張り出 されている。

「お願い お客様にもすばらしい職場や学校があるようにこのトイレは私の職場で す、落書きや壊すことはしないでください。 駅整備員トイレ担当」